外部記憶

他人に取って価値がないが、自分が忘れることに忍びないため残したい記憶・記録を記す外部記憶装置

リアディレイラーのプーリー、グリスかオイルか問題についてシマノさんに聞いてみた

注意書き

自転車コンポーネントの技術は日進月歩で、ここに書いてあるのは2018/08時点での調査結果と結論です。 この記事を読むときは必ず2018/08時点から大きく変わっていないかは確認しましょう。 (特に現時点ではアルテグラ以上がシールドベアリングですが、過去アルテグラの片方のプーリーはブッシュベアリングでした。今後徐々に下位のモデルにもシールドベアリングが普及する可能性があります)

3行要約

  • リアディレイラーのプーリーのメンテナンス、グリスかオイルのどっちを使うかについてネット上でも定説がない
  • シマノのマニュアルにもはっきりした記述がない
  • 電話で聞いたシマノさんの見解: 普段は清掃+オイルで十分。グリスを塗っても良い

これを書いている人間

ロードバイク10年ほどですがレースに出たこともなければ毎週漕ぎ出すほどの熱心者でもありません。 メンテナンスの経験も素人レベルの延長線で自転車安全整備士、自転車技士の資格も持っていないです。

前提

ロードバイクのリアディレイラーには2つのプーリーがついている。 テンションプーリーと言われるものとガイドプーリーと言われるものだ。 前者は変速によりチェーンに弛みができることを防止して一定の張力を維持する役割で、 後者はシフトレバーと連動して変速そのものを誘発する役割を持つ、らしい。

このプーリーについて、かなり昔からある論争がある。 プーリーのメンテナンスのときオイルを指すのかそれともグリスを塗るのか、というものだ。

※ ブッシュベアリングとシールドベアリングの違いと詳細については説明しない。

既存の議論

以下のようにネット上にこの論争についての言及がたくさんある。

また、ロードバイクの整備本にもこれに関する記述がある。

上を一通り見ればわかるがかなり情報が錯綜している。自分派閥が正しいとする根拠も怪しいものが多い。 店名も書かないプロショップの店員の証言なんて友達の友達並に信頼できないし、 プロでもない1個人の感覚を根拠にするものなんて信頼性0である*1

シールドベアリングとブッシュベアリングの違い、およびオイルとグリスの違いを元に主張している記事は一定の説得力がある気がするが、その違いとどっちを使うべきかの根拠が一般的に認知されている原則であることは30分程度調べた限りでは確認できなかった*2

これではどちらを使えばいいのか、あるいは使わないほうがよいのかを判断することは難しい。

シマノのマニュアル

迷ったら原典を調べる。中級者以上のソフトウェアエンジニアの原則だが自転車エンジニアリングにも適用できるはず。 幸いシマノのマニュアルはウェブ上でかなりアクセスしやすい形に公開されているため調べてみた。

Manuals & Technical Documents - SHIMANO

プーリーそのもののマニュアルは残念ながらない。そこでリアディレイラーのマニュアルを調べる。

Manuals & Technical Documents - コンポーネントから検索 "ROAD リアディレイラー" - SHIMANO

マニュアルの中でプーリーのメンテナンスに関係した情報が載っているとしたら取扱説明書(SI)、ユーザーマニュアル(UM)、ディーラーマニュアル(DM)のどれかである。

取扱説明書(SI)

2018/08現在ロードのリアディレイラー用の取扱説明書は10個登録されている。 その中からプーリーのメンテナンスに関する記述を抜き出してみた。

  • 定期的に変速機を洗浄し可動部(メカニズム部及びプーリー部)に注油してください。
  • 変速動作がスムーズに出来なくなった場合には変速機を洗浄し可動部に注油してください。
  • プーリーのガタが大きくなって、走行時、非常に雑音がうるさくなった場合は、プーリーを交換してください。

文章がほとんど同じであったため、結局書かれていたのは上の3行だけである。 ここで注目するべきは注油という表現だが、これが一般的なオイルを指しているのか、それともグリスのことをさしているのかは断定できない。*3

ユーザーマニュアル(UM)

2018/08現在ロードのリアディレイラー用のユーザーマニュアルは3個登録されている。 その中からプーリーのメンテナンスに関する記述を抜き出してみた。

  • プーリーのガタが大きくなって、走行時、非常に雑音がうるさくなった場合はプーリーを販売店で交換してください。
  • 乗車前の日常点検項目
    • プーリー部のガタつきがおおきくなっていませんか。

こちらにはオイル・グリスに関係した話は1行も見当たらない。

ディーラーマニュアル(DM)

2018/08現在ロードのリアディレイラー用のディーラーマニュアルは6個登録されている。 その中からプーリーのメンテナンスに関する記述を抜き出してみた。

  • 変速機を定期的に洗浄し、全ての可動部(メカニズム部およびプーリー部)を潤滑してください。
  • プーリーのガタが大きくなって異音がする場合は、プーリーを交換してください。
  • RD-9000にはプーリーキャップ内側に、グリスを十分塗布すること。

こちらも潤滑にどちらを使うのか明確には書かれていない。 ただし、マニュアル内を"グリス"で検索するとグリスを使う部分では下記のように明確にグリスと書かれているため、ここでの潤滑にオイルを使う公算が高くなった。

  • インナーケーブルとアウターケーシングの摺動部分がグリス潤滑された状態で使用してください。また、インナーケーブルにゴミなどを付着させないでください。インナーケーブルのグリスを拭取ってしまった場合は、SIS SP41 グリス(Y04180000)の塗布を推奨します。
  • プレート軸にグリスを塗布してください。
    • (y) グリスの塗布範囲 グリスナンバー:プレミアムグリス(Y04110000)

また、RD-9000(デュラエース)のマニュアルにのみ唯一かつ非常に重要な「RD-9000にはプーリーキャップ内側に、グリスを十分塗布すること。」という文言が出てくる。

f:id:den8:20180803212854p:plain

プーリーキャップというのはこの図の左右のワッシャー的なもので間違いない。 *4 しかしこの記述には疑問も多い。まず後継機であるRD-R9100のマニュアルではその記述はない。 加えて、同じシールドベアリングであるRD-6800(アルテグラ)も同じマニュアルで解決しているにもかかわらず、そちらはグリス対象からあえて外している。 つまりグリスアップする条件はシールドベアリングではない。これでRD-9000のみグリスを使う理由がわからなくなってしまった。

埒が明かないので製造元のシマノに直接聞くことにする。

シマノに問い合わせ

自転車お客様相談窓口のご案内 | SHIMANO INFORMATION & NEWS

以下に説明された内容を書き出す*5。 可能な限り正確に書き出したつもりだが、あくまで記憶ベースの書き起こしでかつ窓口側へ自分の意図を正確に伝えられていない可能性もある。以下をシマノの公式見解とは捕えずあくまで1ユーザーの問い合わせに対してどう返答があったかレベルの捕え方をすること(くれぐれもこの記事をベースにお前のところこう言っていたやないか!と怒鳴り込まないでください)

  • プーリーメンテナンスの基本ガイド
    • 基本のメンテナンスは中性洗剤などによりこびりついたり絡まったゴミ・油などを落とすこと
    • 非分解のメンテナンスの場合はノズル付きスプレーなどで軸受け部にオイルを塗る
    • 分解メンテナンスの場合はグリス*6を薄く軸受け部に塗る
      • シールドベアリングタイプのプーリーのシール*7の中の話ではないことに注意
    • ブレーキシューなどと同じ消耗品と捕え、オーバーホールを目安として取り替える(1~2年ぐらい?)
  • こちらからの質問と回答
    • グリスをプーリーに使っても大丈夫?
      • 大丈夫。もし駄目ならマニュアルに明確に駄目と書きます
      • グリスを塗った場合、耐水性、耐圧性などのメリットがあります
    • 大規模なメンテナンスのときはシールドベアリングのシールを開けてグリスを塗ったほうがよい?
      • よほど特殊な事情がない限り*8そういったオペレーションは想定していない。オーバーホール毎に交換していればその部分のグリスの再塗布は不要
    • グリスとオイルを両方使うとオイルのせいでグリスが流れ出すみたいな話があるけど併用して大丈夫?
      • 詳細失念、だがシールドベアリングタイプのプーリーにも一般的なスプレーオイルを使ってよいとのこと

グリスの使用については2回目と3回目の回答でブレがあり、2回目の回答ではプーリーキャップ内には塗布するが軸受け部にはオイルで十分、3回目の回答では軸受け部にも薄く塗るという回答だった。 ただ、聞き方が変わっているので一概にシマノの回答が一貫していないとは言えない。 思い返すと軸受け(=ベアリング)の部分がどこからどこまでを指すかが曖昧だったので、そこが回答のブレの原因な気がする。

シマノの回答から考察

玉虫色の結論になってしまった。 なんとなくシマノの方でも定まった回答がないというか、結構どっちでもよいと考えているような節がある。 それはマニュアルでのグリスの使用についての記述が一貫していないことと、問い合わせでの回答がいまいち一貫しない点の両方から感じられた。

イマイチシマノ側でも反応が鈍い理由を推測すると、シールドベアリングもブッシュベアリングも本質的に潤滑油(グリス・オイル両方を含む)が不要であるためではないかと思う。 シールドベアリングは文字通り玉とグリスがシールで封印されているためユーザーによるメンテナンスは不要、むしろ開けずに劣化してきたら交換するのが一番の使い方だという記述が多い。 ブッシュベアリングに使われている樹脂製のベアリングは潤滑油が不要またはほとんどいらないらしい。潤滑油が不要なぞ嘘くさいと思っていたのだが、樹脂自体が自己潤滑性をもっていたり、摩擦抵抗が小さかったりすることで不要にしているそうだ(樹脂ベアリングとは | 樹脂ベアリング(プラスチックベアリング 軸受)の鹿島化学金属)。 どちらのベアリング構造にしろ、通常の利用範囲であればそれぞれが正常稼働するし、必然潤滑油は不要という結論になる。

それでもなおシマノが公式にもオイル・グリスの使用を否定しないのには以下のような理由があると思う。

  1. 自転車整備者の心理的安全性のため(いわゆる慣習に配慮)
    • 自転車内の回転可動部でプーリーだけが唯一?潤滑油不要なので違和感を持ちやすい。原理も、特にブッシュベアリングに関してはちゃんと調べないとなぜ潤滑油不要なのか納得しづらい。
  2. オイルに関して
    • ブッシュベアリングでは潤滑油不要だが、あって悪いわけではない(明確に使用可能。これは問い合わせで裏が取れている)。もしかしたら摩擦抵抗が下がるかもしれないが眉唾ではある
    • シールドベアリングではプーリーの軸ではなくベアリングで回るのでたぶんほとんど意味ない。意味ないがあってもマイナスにはならない
      • シールドベアリングタイプのプーリーにKURE556のようなオイルを使うとシール内からグリスが溶け出すとの記述があるが、問い合わせで聞いても特にシールドベアリングとオイルの組み合わせについて注意してくださいと言った話はなかった。そもそも結構な厚さのあるゴム製のシールを貫通しないとグリスが流れ出すようなことはないので実用上気にする必要は薄そう
  3. グリスに関して
    • 瞬間的に大きな圧力がかかりやすいプーリーの軸周りの負荷分散および防水に役に立つ
      • これはネジなどにグリスを塗布する理由と一緒
    • 付けても(ゴミが付着しやすくなるという点以外は)特にデメリットがない

個人的結論

  • 日常のメンテナンス
    • 中性洗剤とブラシで付着物やゴミを落とす
    • ブッシュベアリングの場合、オイルをごく軽く軸に向けて噴射
  • 大規模なメンテナンス
    • 上に加えて軸にグリスを薄く塗布

*1:にもかかわらず自信満々で言い切っている記述がほとんど・・・

*2:つまり「お前がそうおもうんならそうなんだろう、お前ん中ではな」であることは否定できなかった

*3:グリスの和訳は液状潤滑油である。つまりグリスもまた広義のオイルの一つなのだ

*4:それの裏付けを20行 + 画像2枚ぐらい書いていたのだがはてなブログが記述内容を消しやがった

*5:実際には1度目の問い合わせで要点をすべて聞き出すことができず、もう一度問い合わせて、更に疑問点が出たので重ねての計3回問い合わせている

*6:プレミアムグリス推奨らしい

*7:プーリーキャップ下のリング状のゴムのこと

*8:事故でシールが剥がれグリスが流れ出していた、など